2008年08月10日

作品番号:NDS03S-OBINATA02

◆2003年1年OBINATAの課題

分類1 分類2 分類3 市町村
女性 大人 全身 着衣 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島市南ロータリークラブ 不明 不明 1966年5月9日
野外彫刻イメージ

投稿者: admin 日時: 08:04| | コメント (0)

作品番号:NDS03S-OBINATA01

◆2003年1年OBINATAの課題

分類1 分類2 分類3 市町村
女性・男性 大人・子ども 全身 裸体 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 原爆犠牲者国民学校教師と子どもの碑建設委員会 不明 不明 1971年8月6日
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:平和記念公園
この像は、「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会」が設置したもので原爆で犠牲になった人を弔うとともに、恒久の平和を祈って建立されたものと考えられる。彫刻の周囲を探したが、作品名と作者などが記載されたプレートなどを見つけることはできなかった。この教師と子どもは原爆にあって、教師が傷つきた子どもを助けようとして運んでいる姿なのだと思った。

投稿者: admin 日時: 07:52| | コメント (0)

2008年08月01日

作品番号:NDS98S-F2105

◆1998年1年F組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
原爆資料館前 不明 嵐の中の母子像 不明 1960年
「嵐の中の母子像」野外彫刻イメージ 題:「嵐の中の母子像」
場所:原爆資料館前
1959年、第五回原水爆禁世界大会が広島で開かれたとき、有名な彫刻家本郷新氏作のこの像の原型が日本原水協を通じて広島市長に贈られた。この像題に含まれている「嵐」には2つのことが込められている。1つめは、原爆の「嵐」から子供を守る母、その母に必死にしがみつく幼子。
2つめは、前年の第四回原水爆禁止世界大会を機に表面化し始めた最初の分裂策動を乗り切るようにとの励ましだ。一人の母親が幼い子どもを胸に抱き、もう一方の手で幼子をかばっている姿は大人から、子供までに感銘を与える。

投稿者: admin 日時: 18:02| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F2104

◆1998年1年F組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 着衣 大人1人子2人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑 不明 1970年
「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」野外彫刻イメージ 題:「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」
場所:平和記念公園
この碑の裏には、身元が判明した死没者の名簿を納めた扉に、「太き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり」という正田篠枝の短歌が刻まれている。
また、建てるにあたって、被爆者を中心とした教師たちは、「あの熱い炎の中で、互いに抱き合い、助け合い、呼び合い、そして、力つきて、ともに集まり燃え尽きていった師弟たち。その白骨のなかに限りない生命の声をききとり、これを互いに継承しなければいけないと考えます。」と呼びかけた。

投稿者: admin 日時: 17:52| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F2103

◆1998年1年F組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 鳥・子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 原爆の子の像 不明 1958年
「原爆の子の像」野外彫刻イメージ 題:「原爆の子の像」
場所:平和記念公園
2才で被爆して、10年後に白血病でなくなった佐々木禎子さんな死をきっかけに、中学生たちが取り組んで建設した像。佐々木禎子さんが元気になると信じて折っていたつるは、その後、被爆者のシンボルとなり、高まるヨーロッパの核廃絶運動の中で、「被爆者にはならい」決意表明として、「ノーユロシマ」シンボルとなった。像の下には、「誓いの言葉の一部が黒御影石に、刻み込まれている。「これは僕らのびです。これはわたしたちの祈りです。世界に平和を築くための。」

投稿者: admin 日時: 17:47| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F2102

◆1998年1年F組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 着衣 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 平和記念像 不明 1977年
「平和記念像」野外彫刻イメージ 題:「平和記念像」
場所:平和記念公園
平和公園慰霊碑北の、木立の中にあるこの像は、広島平和記念像建立協会が建てた。募金を呼びかけたがなかなか目標に達せず、約10数年余りかかったらしい。
三日月の上にたっている母と子の像が、平和を象徴しているように感じられる。

投稿者: admin 日時: 17:30| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F2101

◆1998年1年F組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 不明 不明 1人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 ヒロシマの碑 不明 不明
「ヒロシマの碑」野外彫刻イメージ 題:「ヒロシマの碑」
場所:平和記念公園
「人類と核兵器は共存できない」という、ヒロシマの体験を、国境や時代を超え語り継ぐ決意を示す「原爆犠牲・ヒロシマの碑碑には、原爆瓦(かわら)がはめ込まれ、全国の子どもたちから寄せられた64の文案の中から「天がまっかに燃えたとき、わたしのからだはとかされた。ヒロシマの叫びを、ともに、世界の人よ。」という文が選ばれ、彫り込まれている。

投稿者: admin 日時: 17:22| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1505

◆1998年1年F組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 着衣 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 嵐の中の母子像 本郷新 1960年8月5日
「嵐の中の母子像」野外彫刻イメージ 題:「嵐の中の母子像」
場所:平和記念公園
この像は、平和大通りの緑地帯にあります。右手でしっかりとみどり子を抱え、左手でもう一人の幼児をかばいながら、苦しみにたえつつ前かがみの姿勢で生き抜こうとする母親の銅像で、昭和35年8月5日に建てられました。
日本原水協が第5回原水爆禁止世界大会を記念して、広島市に贈った新制作協会の彫刻家本郷新氏の原型を、広島市婦人連合会が、募金して建立しました。

投稿者: admin 日時: 14:37| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1502

◆1998年1年F組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 女性 着衣 子と子ジカ 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 若葉 円鍔勝三 1966年5月9日
「若葉」野外彫刻イメージ 題:「若葉」
場所:平和記念公園
これは、広島国際会議場南側の緑地帯にあります。昭和41年5月9日、広島南ロータリークラブが創立10周年を記念して建てたもので、少女が5月の風に吹かれながら、子ジカを連れて歩いている高さ180センチのブロンズ像で、製作者は円鍔勝三氏。台座には、ノーベル物理学賞の湯川秀樹博士の筆になる短歌「まがつびよふたたびここにくるなかれ 平和を祈る人のみぞここは」が、銘文としてきざまれてあります。

投稿者: admin 日時: 14:14| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1501

◆1998年1年F組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 男性 着衣 胸像 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 鈴木三重吉 不明 1964年6月27日
「鈴木三重吉」野外彫刻イメージ 題:「鈴木三重吉」
場所:平和記念公園
原爆ドーム前にあるこの像は、昭和39年6月27日、三重吉の29回忌にたちました。台座には、三重吉が主宰した、「赤い鳥」の表紙の字形をそのまま取ってきざんであり、その下には、乗馬がすきだった三重吉をしのんで馬の頭のレリーフが浮き彫りにされています。隣には、「私は永久に夢を持つただ年少時のごとくために悩むこと浅きのみ 三重吉」という一文が刻まれてあります。

投稿者: admin 日時: 14:10| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1404

◆1998年1年F組14番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 男性 着衣 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 鈴木三重吉赤い鳥の会 鈴木三重吉文学碑 不明 1964年6月27日
「平和祈念像」野外彫刻イメージ 題:「鈴木三重吉文学碑」
場所:平和記念公園
この碑は、昭和15年にこの地に生まれ、大正7年少年少女のための雑誌赤い鳥を創刊主宰し、日本の童話や童謡、昔話を「文学」にまで高めた先覚者、鈴木三重吉の文学碑である。文学碑は二基からなり、いっきは三重吉の胸像が花崗岩の四角な台座の上に置かれ、台座には「赤い鳥」の表紙の字型をそのまま取って刻み、その下には、乗馬好きであった三重吉をしのんで馬の頭のレリーフが浮き彫りにされている。
もう一基は、本の形を抽象化した花崗岩の台座の上に少年と少女が腰掛けているほほえましい銅像で、台座には、三重吉の自筆の、「私は永久に夢を持つ ただ少年期のごとく ために悩むこと浅きのみ 三重吉」と一文がきざまれている。(なお、この碑は前者にあたる。)文学碑の製作者は日展審査員の彫刻家円鍔勝三。建立者は「鈴木三重吉赤い鳥の会」である。

投稿者: admin 日時: 14:05| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1403

◆1998年1年F組14番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
その他 不明 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 ヒロシマの碑 不明 不明
「ヒロシマの碑」野外彫刻イメージ 題:「ヒロシマの碑」
場所:平和記念公園
この記念碑は、原子爆弾の炸裂によって悲惨な死をとげた犠牲者たをしのぶブロンズの像と、熱線をあびてとかされた「かわら」とで構成されている。
かわらの表面にあるあわだち・火ぶくれ状の変化は、これらのかわらが想像もつかない高い温度で焼かれたことを示しており、「広島・ 長崎の原爆災害」によると、爆心地(爆発点直下の地上点)の温度であったとされている。
摂氏約4,000度、爆心地から1,000米の地点でも摂氏約1,800度であったとされている。 1977年以降、平和公園一帯で体験学習を続けていた広島の高校生たちにより、元安川河床の泥土の中から掘り出されたこのかわらは「原爆がわら」と呼ばれ、核戦争の悲惨さと、核兵器廃絶への課題を学びつつ、平和への決意を固めあう記念碑の建立を発起したちあがった全国募金運動によって集められた(2千万円以上もの)お金により、この「原爆犠牲 ヒロシマ」の碑は建立された。
そして今もなお、「ヒロシマの心」として、一瞬にしてその命を絶たれた人々、熱線・爆風・放射能による原爆症およびその後障害によって犠牲となった、20数万の人間の痛恨の叫びをここに永遠に記し、訴えつづけている。

投稿者: admin 日時: 13:59| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1402

◆1998年1年F組14番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 着衣 親子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 祈りの像 横江嘉純 1960年8月15日
「祈りの像」野外彫刻イメージ 題:「祈りの像」
場所:平和記念公園
この彫刻(碑)は、広島市内にある平和公園内に設置されている。この彫刻は題目にもあるように、多分平和を祈って作られた物だと思われる。資料がないので詳しい事は分からないが、私の見た所ではこの三人は親子なのではないだろうか。そしてこの碑は、あの8月6日の朝、突如一瞬の出来事として幸せを奪を奪われた数多くの家族の「もう2度とこのような事が起こりませんように・・・」という平和への思いが込められているのではないだろうか。
また、彫刻家の横江嘉純氏の制作で、台座の前の石板に上ると、台座の中から「御霊よ哭くなかれ」を編曲したオルゴールが、静かに流れ出るようになっている。

投稿者: admin 日時: 13:52| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-F1401

◆1998年1年F組14番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 着衣 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 平和祈念像 円鍔勝三 1977年8月7日
「平和祈念像」野外彫刻イメージ 題:「平和祈念像」
場所:平和記念公園
この碑は、全国の学童の募金や広島商工会議所などの協力によって建設されたもので、1.8メートルの台座に、1.4メートルの母子像が立っている。台座は募金によったが、像は円鍔勝三氏の寄贈による。製作者の円鍔氏は除幕に際して「親から子どもへ、きのうよりもあすへ。三日月もやがて満月になる。新しい未来を求めて、平和のラッパを鳴らしたい。」との意図を語った。またこの像の横には、草野心平氏の「平和祈念像に寄せて」(1978年8月)の詩碑が建てられている。

投稿者: admin 日時: 13:45| | コメント (0)

2008年07月31日

作品番号:NDS98S-F0105

◆1998年1年F組01番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
不明 不明 不明 不明 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 原爆の子の像 菊地一雄 不明
「原爆の子の像」野外彫刻イメージ 題:「原爆の子の像」
場所:平和記念公園
この像は、広島県広島市にある平和記念公園内に設置されています。この像は、佐々木禎子さんの同級生たちが、なにか僕らでできることはないか。という事で、全国の友達に賛成してください。という意味のビラを配ったりして、北海道をはじめ各地の学校から、手紙と寄付が送られてきたのです。この写真ではお見せできませんが、近くにはたくさんの千羽鶴がよせられています。
禎子さんは、入院中、964羽とも、643羽ともつたえられてきました。禎子さんは、12歳と9か月の短いいのちでした。このような悲劇をくりかえさないように、『原爆の子の像』が建てられたのです。1956年末までに、530万円もの募金が寄せられたのです。そして、東京芸術大学の菊池一雄先生に、制作をおねがいしたのです。  

投稿者: admin 日時: 16:48| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-E4302

◆1998年1年E組43番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 着衣 3人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 祈りの像 不明 1960年
「祈りの像」野外彫刻イメージ 題:「祈りの像」
場所:平和記念公園
祈りの像は、原爆慰霊碑の右後方にあります。昭和35年8月15日、終戦15周年に当たり、新日本協議会主催の平和祈念慰霊国民大祭実行委員会によって建てられました。大東亜戦争はじめ幾多の困難に際して国に殉じた犠牲者の慰霊と平和への祈りをこめた記念碑です。
台座に立つ子供を抱いた若い夫婦の像は、日展評議委員の横江嘉純氏の製作で、台座の前の石坂に上がると、台座の中から「御霊よ地下に画くかくなかれ」を編曲したオルゴールが、静かに流れでるようになっています。
私は、オルゴールが流れ出る彫刻は初めて見たので感動しました。オルゴールの音色はとてもきれいでくぎずけになってしまいました。台座の右手前には、広島出身の詩人大木淳夫氏の作「平和を祈り御霊を鎮めん」と題する詩がきざみこまれています。

投稿者: admin 日時: 14:07| | コメント (0)

2008年07月29日

作品番号:NDS98S-E1505

◆1998年1年E組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
混性 着衣 母1子2 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島市婦人連合会 嵐の中の母子像 本郷新 1960年8月5日
「嵐の中の母子像」野外彫刻イメージ 題:「嵐の中の母子像」
場所:平和記念公園
嵐の中の母子像は、平和公園の前庭とも言える原爆資料館前の、平和大通りの緑地帯にあります。右手でしっかりとみどり子を抱え、左手でもう一人の幼児をかばいながら、苦しみに耐えつつ前かがみの姿勢で生き抜こうとする母親の銅像です。
自分の子を守り抜こうという母親の愛情が、最もよくあらわれている作品だといえるでしょう。この像は、ここにくる旅行客の目を一番ひきつける場所にあり、人々の関心を誘います。像のまわりには、公園内にある像と同じく、いつも色とりどりの折鶴で溢れかえっています。日本原水協が、第五回原水爆禁止世界大会を記念して広島市に贈った新制作協会の彫刻家本郷新氏の原型を、広島市婦人連合会が募金して建立しました。     

投稿者: admin 日時: 16:00| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-E1504

◆1998年1年E組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
着衣 佐々木貞子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島平和を築く児童生徒の会 原爆の子の像(別称千羽鶴の塔) 設計菊池一雄 建設広島平和を築く児童生徒の会 1958年5月5日
「原爆の子の像(別称千羽鶴の塔)」 題:「原爆の子の像(別称千羽鶴の塔)」
場所:平和記念公園
この像の由来を話しますと、戦争が終わって10年たった昭和39年10月25日、市内幟町中学1年生の佐々木禎子さんが、「鶴を千羽折れば幸せがやってくる」と祈りながら、広島赤十字病院のベットで永眠しました。学友達は突然の原爆症の発生とその死に対して、深いショックを受け、今更のように原爆の恐怖をかみしめました。その後、禎子さんの霊を慰め、平和を祈る心から、像を作ろうという話が持ち上がりました。
それが全国に伝わって大きな運動になり、ついに建設の実現を見たのです。塔の内部には、少年少女たちの気持ちに感動したノーベル賞の湯川秀樹博士が寄贈した古代の銅鐸を模した鐘がつられ、その下に金色の鶴がつるされ、風鈴式に音がでるようになっています。鐘の表に「千羽鶴」、裏に「地に空に平和を」と湯川博士自筆の文字が浮き彫りにされています。碑銘:これはぼくらの叫びです これはわたしたちの祈りです 世界に平和をきずくための 
建設資金:全国3100校の生徒の共賛と、イギリスほか世界9ヶ国の支援により 

    
   

投稿者: admin 日時: 15:52| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-E1503

◆1998年1年E組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
混性 着衣 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島平和記念像建設会 平和記念像 円鍔勝三 1977年8月2日
「平和記念像」野外彫刻イメージ 題:「平和記念像」
場所:平和記念公園
平和記念像は、原爆慰霊碑の後ろ西よりにひっそりと立っています。昭和52年8月2日、除幕式を行いました。全国の学童の募金や広島商工会議所などの協力によって、建設されたもので、1.8メートルの台座に、1.4メートルの母子像が立っています。
台座は募金によりましたが、像は、円鍔勝三氏の寄贈によります。ちょうど原爆慰霊碑を見守る格好で若い母親に抱かれた子供が、平和のラッパを吹いて、その前に三日月がかかっています。製作者の円鍔氏は除幕に際して「親から子供へ、昨日よりも明日へ。三日月もやがて満月になる。新しい未来を求めて、平和にラッパを鳴らしたい」との意図を語りました。     

投稿者: admin 日時: 15:48| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-E1502

◆1998年1年E組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
女神 着衣 塔の一部 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島県動員学徒等犠牲者の会 平和の女神像―動員学徒慰霊塔の下の像― 円鍔勝三 1967年5月
「平和の女神像」野外彫刻イメージ 題:「平和の女神像―動員学徒慰霊塔の下の像―」
場所:平和記念公園
この平和の女神像のある、動員学徒慰霊塔は、広島県動員学徒等犠牲の会が、昭和42年5月、原爆ドームの南側緑地に建立しました。
太平洋戦争中、増産協力、建物疎開作業などの勤労奉仕に動員された学徒のうち、原爆の犠牲となった6,000人余人の学徒の霊を慰めようと願って建てられました。平和の女神像と、8羽のはとを配した末広がりの5層の塔で、中心柱に慰霊の灯明がついています。塔の左右に高さ2メートルのレリーフ4枚を、配し、図は、1.食糧増産作業2.女子生徒の縫製作業3.工場における作業状況4.灯籠流しで、この図の中央に塔建立の由来を記しています。塔の背後の銅板には全国学徒出身校372校が、冥福を祈ってきざまれています。    

投稿者: admin 日時: 15:39| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-E1501

◆1998年1年E組15番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
不明 不明 原爆の被害にあった人を抽象的にあらわした 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 原爆犠牲ヒロシマの碑建設委員会 原爆犠牲ヒロシマの碑 芥川永 1982年8月5日
「原爆犠牲ヒロシマの碑」野外彫刻イメージ 題:「原爆犠牲ヒロシマの碑」
場所:平和記念公園
この碑の由来は、広島の高校生が、元安川河床のフィールドワークを行い、原爆瓦の発掘調査をすすめてきた時、1981年(昭和56年)広島市の美観地区の構想は、原爆瓦の散乱は見苦しいので、平和記念公園の周辺の河床に砂を入れて外観をよくしたいというものだったので、広島平和ゼミナールの高校生たちはこの構想に危機感を抱き、全国各地の小・中、高等学校の児童生徒に呼びかけ、被爆瓦の保存を訴えたものです。
「瓦の一つ一つに生活を支えた重みがあった」(感想文から) これは、戦争体験を持たない若人達の碑です。ブロンズ像は、テ―マ「もどれない風」で昇華する魂を表現したものです。表に、被爆瓦を組み合わせたパネルと碑文、裏に発掘作業のレリーフ、被爆後の焦土広島の全景写真、これに、英文と和文の説明を加えた陶板がはめ込まれています。碑銘:天が、まっかに燃えたとき わたしのからだはとかされた ヒロシマの叫びをともに世界の人よ(安田女子高校生蔵田順子さん原案)     

投稿者: admin 日時: 15:29| | コメント (0)

2008年07月28日

作品番号:NDS98S-D3703

◆1998年1年D組37番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 女性 着衣 母1子1 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 不明 不明 不明
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:平和記念公園
私は、はじめてこの像を見たとき、なんだか恐い気がしました。お母さんらしき像は、髪が逆立っていて、顔の表情も少しこわばっています。戦争に対する怒り、恐怖を表しているのではないでしょうか。でも赤ちやんの像は、何か楽しそうに吹いているようです。この、厳しい表情の顔と柔らかい表情の顔は、共通に「平和祈願」ということを思っているのだと私は思いました。

投稿者: admin 日時: 13:03| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-D3702

◆1998年1年D組37番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 女性 着衣 一人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 原爆の子の像 不明 不明
「原爆の子の像」野外彫刻イメージ 題:「原爆の子の像」
場所:平和記念公園
この像は、広島市にある平和公園の敷地にある「原爆の子の像」です。原爆で、白血病にかかっつた佐々木さだこさんをモチーフにしたものです。もちろん、佐々木さだこさんだけのためじやなく、戦争のために死んだ多くの子どものためでもあります。この像のまわりには、たくさんの千羽鶴が、ささげられていました。大きいものや小さいもの、いろんな色の折鶴がありました。中には、平和への祈りなどが、鶴に書かれてあるものもありました。
私は、緑の中に高くそびえたつこの像は、私も含めて戦争を知らない子どモ増える中21世舵をむかえるにあたって、さだこさんが、両手をいっぱいに伸ばして支えている大きな鶴に、多くの願いや戦争に対するメッセージなどが、こめられているように強く感じられました。

投稿者: admin 日時: 12:59| | コメント (0)

2008年07月26日

作品番号:NDS98S-D0505

◆1998年1年D組05番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
抽象物 少年 不明 不明 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
ひろしま美術館 不明 不明 不明 不明
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:ひろしま美術館
この建築物は、広島市の広島美術館の掲示板のところにあります。その前には、大きな道路があり、車の往来が激しく、ひときわ目立っています。この建築物について、詳しいことは良く、わかりませんので、私の、この建築物についての感想を書くことにします。
私が、この写真を写したのは、家族で、広島美術館に、ある画家の絵を、見に行った時です。これを見て、私は、すぐによしっこれ写しとこう!と思いました。なぜ、こうお持ったかは分かりませんが、何だかとても、不思議な建物です。

投稿者: admin 日時: 18:46| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-D0504

◆1998年1年D組05番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 女性 着衣 一人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
ひろしま美術館 不明 不明 不明 不明
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:ひろしま美術館
これは、広島美術館の、入り口に立っている、女のこの像です。髪が長く、スカートをはいた、女のこらしい像だと思いませんか?私は、髪が短いし、あまり、スカートもはかないので、とても、女のこらしいと思いました。
私は、このこが、美術館に、入る人々を、一人一人見ているのではないか?とも、思いました。そして、左手をあげて、どうぞ入館してください、と、すすめているようにもみえました。広島美術館の、門を入ると、入り口に、出迎えています。

投稿者: admin 日時: 18:43| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-D0503

◆1998年1年D組05番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 少年 不明 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
ひろしま美術館 不明 不明 不明 不明
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:ひろしま美術館
広島美術館の、入り口左にある、この象に乗った少年は、バラを、肩から、かけている。
私の、この像に対する感想は、まずはじめに、かわいいな、それから、何で、肩からバラを、かけているんだろう。そして、何で、またこのこは、ぞうの上に乗っているのだろう。いろんな、疑問が、出てきましたが、ぜんぜん解決しませんでした。そして、今も、よく、分かりません。でも、そのなかで、自分で一つ、考えていました。それは、なぜ、肩から、バラをかけているかです。私の考えでは、平和を、表しているのではないか、ということです。見てください。

投稿者: admin 日時: 18:36| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-D0501

◆1998年1年D組05番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 不明 着衣 不明 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
ひろしま美術館 不明 不明 北村西望 1978年
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:ひろしま美術館
これは、文化勲章受賞者の、日本芸術院会員の、故、北村西望先生によって、たてられた。これがあるのは、広島県広島市の広島美術館の、庭のような、ところにある。近くには広島市民球場があり、とても、にぎやかだ。また、もとまちクレドや、そごう、パセーラ などの、買い物が、できる場所も近くにあり、とても便利で、若者も、多く集まる。
昭和53年5月5日に、立てられて以来、ずっと、この場所にある。広島の街が、どのように、変わっていったか、すべて、みている。私の生まれる前から、この場所に建っている、この菩薩像は、何を、思っているのだろう。

投稿者: admin 日時: 18:04| | コメント (0)

2008年07月24日

作品番号:NDS98S-C2205

◆1998年1年C組22番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 女1子2 着衣 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島市婦人連合会 嵐の中の母子 本郷新 1960年8月5日
「嵐の中の母子」野外彫刻イメージ 題:「嵐の中の母子」
場所:平和記念公園
この写真は、平和記念公園の前庭でとった。母親と2人の子供の像。右手でしっかりと1人の子供を抱え、左手でもう1人の幼児をかばいながら、苦しみにたえつつ前かがみの姿勢で生き抜こうとする母親の像。
本当に嵐の中にいるようなかんじの像だと思った。母親も子供達も必死でにげているようだった。この像は、日本原水協が第5回原水爆禁止世界大会を記念して、広島市に贈った新制作協会の彫刻家本郷新氏の原型を、広島市婦人連合会がブロンズ像に鋳造することを決め、募金して建立された。

投稿者: admin 日時: 17:27| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C2204

◆1998年1年C組22番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 二人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 平和と友情のために 不明 不明
「平和と友情のために」野外彫刻イメージ 題:「平和と友情のために」
場所:平和記念公園
この写真は、平和記念公園のタクシー乗場の近くでとった。ポストのうえにあった。「郵便は世界を結ぶ」と横に書いてあった。かわいい2人の子供みたいなのが手をつないでいた。2人は手になにかもっていて世界をむすんでいるようだった。2人は、踊っているようなかんじだった。楽しそうな感じがした。

投稿者: admin 日時: 17:23| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C2201

◆1998年1年C組22番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 教師と子供 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
広島国際会議場 広島県原爆被爆教師の会 教師と子供 芥川永 1971年8月6日
「教師と子供」野外彫刻イメージ 題:「教師と子供」
場所:広島国際会議場
この写真は、広島市にある平和公園の中でとった。女の人が子供を抱いて立っている。このブロンズ像の前には、たくさんのつるがいっぱいあった。女の人は斜め上を見つめている。子供は、ぐったりしているようにみえた。女の人は、平和を願っているようだった。

投稿者: admin 日時: 17:09| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C2106

◆1998年1年C組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
広島国際会議場 広島県原爆被爆教師の会 原爆犠牲国民学校教師と子供の碑 不明 1971年8月6日
「原爆犠牲国民学校教師と子供の碑」野外彫刻イメージ 題:「原爆犠牲国民学校教師と子供の碑」
場所:広島国際会議場
この原爆犠牲国民学校教師と子供の碑は、広島国際会議場南側の緑地帯に立つています。広島県原爆被爆教師の会が中心となつて建設しました。被爆した裸身の女教師が子供を抱いて、絶望的な悲しみのまなざしで、空を見上げている銅像で、製作者は、新製作の芥川永氏。昭和四十六年八月六日に除幕しました。
この日、碑の過去帳に記入された犠牲者は、子供871人死亡推定2000人、教師146人同200人です。石造台座の上に立つ像の高さは、2.4メートルで台座には、原爆歌人正田篠枝さんの書く「太き骨は 先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまりれり」があります。除幕式に参加した児童は「手をつなぎ、世界平和におおきく輪を広げよう。」誓いをたてました。いつも千羽鶴がまわりに供えてあります。

投稿者: admin 日時: 16:30| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C2102

◆1998年1年C組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物と動物 着衣 1人と1匹 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
広島国際会議場 不明 平和の像「若葉」 円鍔勝三 不明
「平和の像「若葉」」野外彫刻イメージ 題:「平和の像「若葉」」
場所:広島国際会議場
この像は、広島南ロ-タリークラブが創立10周年を記念して建てたもので、少女が5月のさわやかな風にふかれながら、小鹿を連れて歩いているところです。
高さ180センチのブロンズ像で、製作者は円鍔勝三氏。台座には、湯川秀樹博士(ノーベル賞)の筆になる短歌「まがつみよ ふたたび ここにくるなかれ 平和をいのる 人のみぞ ここは」が銘文としてきざまれています。
私はこの像を見たとき、嵐の中の母子像や、原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑と、どこか平和でおだやかな感じのする像だなと思いました。それは、この像のあるところ自然に囲まれているのおかげもあるだろうと思いました。

投稿者: admin 日時: 16:14| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C2101

◆1998年1年C組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 広島市婦人連合会 嵐の中の母子 本郷新 1960年8月6日
「嵐の中の母子」野外彫刻イメージ 題:「嵐の中の母子」
場所:平和記念公園
この像は、平和記念公園の中にあります。その平和記念公園の前庭ともいえる広島平和記念資料館の前の平和大通りの緑地帯の中にあります。日本原水協が第5回原水爆禁止世界大会を記念して、広島市に贈った新製作協会の彫刻家の本郷 新氏の原形を、広島市の婦人連合会がブロンズ像に鋳造することを決め、募金により昭和35年8月5日に建てられました。
右手でしつかりとみどり子を抱きかかえ、左手でもう一人の幼児をかばいながら、苦しみにたえつつ前かがみの姿勢で生き抜こうとする母親の銅像です。
この像を見ていると、戦争の怖さと子供をどうにかしてたすけたいと思う母親の愛情を感んじます。

投稿者: admin 日時: 15:59| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C1405

◆1998年1年C組14番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 子供 子供 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 不明 不明 不明
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:平和記念公園
この作品は、広島県広島市平和公園の近くにあります。この作品は、ポストです。ポスト一つにも、手が込んでいて、すごいとおもいました。
木の、様々な、多種多様な生き方を表しているようでした。どうやって作っているのか、知りたいです。樹の自然さを表しているようにも見えるし、自由な表現なので、とても良いと思います。
人も、みんなと同じようにするだけでなくて、自分のもっている、豊かな表現をこの作品と同じように、表現したら良いと思います。

投稿者: admin 日時: 13:31| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C1403

◆1998年1年C組14番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 女性 不明 女性 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 不明 不明 不明
野外彫刻イメージ 題:不明
場所:平和記念公園
この作品は、広島県広島市にある平和公園付近にあるものです。修学旅行シーズンになると、たくさんの学生が訪れる場所です。平和の願いを込めて、像の周りには、千羽鶴が絶えません。

投稿者: admin 日時: 13:22| | コメント (0)

2008年07月23日

作品番号:NDS98S-C0405

◆1998年1年C組04番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 複数女 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
公園 不明 花の園 不明 不明
「花の園」野外彫刻イメージ 題:「花の園」
場所:公園
DARKで質素な雰囲気のする、背景の広島城とは対照的に、真っ白な女性の姿が、印象的である。特別な添え書きはなかったが、おそらく、炎と化したこの町の、特有の、「平和」に対する神秘的、かつ永遠的な思いが込められていると思う。ここで、歌の一節を、紹介したい。
「今、僕達が、しなければならないことは ともるいくさの火種を、消すことだろう」小学生のころ、習った。町を歩いていて、広島にだけ解るような、苦しみや願いを、分かりかけた気がした。すると、この像に、やけに親しみがもてた。と同時に、広島の思いが集まって出来た作品のように、思えてきた。背景には、広島原爆ドームに押されて観光客が通りすぎていく、広島城が映える。像の周りを取り囲むヒマワリが、広島市民の永遠の平和追求に、重なって見えた。心から、全世界の平和を祈りたいと思った。

投稿者: admin 日時: 18:20| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C0404

◆1998年1年C組04番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 着衣 池田勇人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
公園 前尾繁三郎 池田勇人像 不明 1970年12月
「池田勇人像」野外彫刻イメージ 題:「池田勇人像」
場所:公園
道路沿いにある公園内に、とても大きい姿で立っている。刻まれている文字は、池田勇人君ハ明治三十二年竹原市ニ生ル・・・昭和三十五年自由民主党総裁トナル・・・地元の人が、こんなに偉大になっているなんて、政治に興味の無い私は、びっくりしました。町にはたくさん像がたっているけど、なんとなく見過ごしてしまうそれらを、少し気をつけて見るだけで、広く豊富な発見があるなあ、と思った。

投稿者: admin 日時: 17:59| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-C0401

◆1998年1年C組04番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 着衣 二人 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
街角 広島太田川ライオンズクラブ 躍動 清水多嘉示 1982年2月
「躍動」野外彫刻イメージ 題:「躍動」
場所:街角
この像の、上に伸ばされた手は、より高き飛翔を、水平に伸ばされた手は、より強き連帯を意味している。広島市が、戦禍の中から立ち上がり、今日の平和と繁栄を築き上げられたのは、ひとえに広島市民の皆さんが、高い理想に燃え、強い連帯の元に、たゆまぬ努力をしてきたからに他ならない。この像は、その象徴であり、将来への限りなき飛躍と発展とを希求する真剣な祈りを、表現したものである。
設置された位置は、常に光を受ける場所で、広島市民の絶えることない平和への願いが、町全体に、降り注がれている気がした。あくまで天地を意識し、垂直に、かつ平行に伸ばされた手足が、印象的だった。広島独自の平和へのあこがれ、そしてその裏の苦しみや、嘆きが、心の底まで響いてくる気がした。

投稿者: admin 日時: 17:40| | コメント (0)

2008年07月20日

作品番号:NDS98S-B2104

◆1998年1年B組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 着衣 子供 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 祈り 不明 不明
「祈り」野外彫刻イメージ 題:「祈り」
場所:平和記念公園
これは、三人家族の像です。空を見上げて左手を上げているお父さん。ただひたすら祈るお母さん。お母さんと同じように手をあわせている子供。ほのぼのとした「祈り」の形である。
像の前には、鶴で平和と描かれたものや、千羽鶴などが、おかれてある。世界中のすべての人々に平和が訪れることをこの親子は、願っているんだと思う。
この家族の思いが、祈りが、戦争のない平和な世界を求めているとしたら、今、武器を持たない国をこれからの未来ある私達の手で築いていくべきだと思う。
世界中を旅しても安心して安らげる時が来るように。

投稿者: admin 日時: 20:15| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-B2103

◆1998年1年B組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 混性 子供 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 郵便は世界を結ぶ 不明 不明
「郵便は世界を結ぶ」野外彫刻イメージ 題:「郵便は世界を結ぶ」
場所:平和記念公園
これは、私が平和記念公園に行ったときに見つけました。見た感じは、普通の銅像に見えます。でもよく見ると、実は郵便ポストなのです。今でもこれは使われています。
実際に私はこのポストに手紙を出しました。日本人は、ポスト=赤色だと思っている人が多いので、たまには、こういうポストもいいなぁと思いました。
Eメールで世界中すぐに言葉が伝わる今の時代に少し時代遅れを思わせるようなポストだけれど、ここから船で、飛行機で、私の出した郵便は、幾日かかけてNZへと運ばれて行くのです。
少しロマンチックですよね。

投稿者: admin 日時: 20:12| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-B2102

◆1998年1年B組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 着衣 女の子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 原爆の子の像 不明 不明
「原爆の子の像」野外彫刻イメージ 題:「原爆の子の像」
場所:平和記念公園
いつもたくさんの千羽鶴がささげられていることから、「千羽鶴の塔」とも呼ばれる。頂上には、金色の折り鶴をささげている少女のブロンズ像がたっている。
この像は、12歳の時に原爆性白血病で入院して、鶴を折り続けながら、短い人生を終えた佐々木禎子さんの死をむだにしないようにと、子供たちが、国内外の友達に支援を求め、世界平和を呼びかけるために作られた。
誰かのために私達は、鶴を折ってきた。入院した家族のため、大切な友達のため、いちにちも早く、元の元気な体にもどれるようにと祈りながら、折り鶴を作ったりした。
甲子園にもいくつもの千羽鶴が、選手たちの手に、ベンチに、スタンドにと見える。折り鶴にはー祈りの心ーがこめられていると感じることができる。
いつも・・・ どの場所でも・・・ 誰かのために そして自分のために・・・・・・

投稿者: admin 日時: 20:08| | コメント (0)

作品番号:NDS98S-B2101

◆1998年1年B組21番の課題

分類1 分類2 分類3 市町村
人物 着衣 母子 広島市
設置場所 設置者 タイトル 作者 設置年
平和記念公園 不明 平和祈母像 不明 不明
「平和祈母像」野外彫刻イメージ 題:「平和祈母像」
場所:平和記念公園
これは、月と共にいる親子です。幸せを求めて、一緒に天に上っていくのでしょうか。
一見、悲しそうにも見えますが、私には、メルヘンの世界への旅立ちのようにも思えます。赤ちゃんは、笛をふいています。何かをよんでいるのでしょうか。
それは、先に天国で待っている「お父さん」に合図の笛をふいているのでしょうか、「僕たちも来たよ」と話しかけているのでしょうか。
天国では戦争もなく、きっと親子で仲良く暮らせるのでしょうね。

投稿者: admin 日時: 20:04| | コメント (0)

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