• ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室
  • ぼうぼうどりの生物教室

山田かまち

1995年5月16日

本棚を整理しているとき、1冊の本をめくっていると、山田かまち水彩デッサン美術館のチケットの半券がしおりとしてはさまれていた。裏に、館内にあったなだいなだの言葉がメモしてあった。

 今時の大人の中に、17歳が人生の中のかけがえのない1年だと考えているものがいるだろうか。しかし、17歳で死ぬ人間もいる。その人間にとって、17歳は絶対的な1年だ。18歳の1年前でも、22歳の準備のための1年でもない。人生最後の1年だ。それで完結すべき1年だ。10年後のおいしい約束など、どんな意味があるというのか。「燃焼しろ、17歳は二度ともどらない」かまちは美術館を訪れるものに向かって、そう呼びかけているようだ。

 1年前、山田かまちという高校生の遺作が、全国の同年代の人たちにメッセージとともに受け入れられていることを知り、作品集を手にした。しかし、30歳を過ぎた私には、感動は生まれなかった。ただ、自分がその時代を生きていたときに感じていた苛立ちのような感覚が思い出されただけっだ。しかしながら、同時代を生きる感覚を思い出したい気持ちから、東京に行く機会に、高崎まで足をのばすことにした。費用を節約して、普通列車にのってゆっくりと風景をみながらの道のりだった。窓から見たいえ家の屋根には雪止めあった。気候の違いを感じたといえば大げさかもしれないが、一度も行ったことのない場所はずいぶん遠く感じた。特急で行けば、東京から1時間、そんなに遠いところではない。特急に乗れば感じなかった気持ちかもかもしれない。普通列車では2時間半かかる。降りたった高崎の町は小さかった。かまちの作品を展示してある美術館はごく普通の住宅地にあった。2階建てのこじんまりとした建物で、作品集の中に掲載されている作品が並んでいた群馬の高崎、こここまで来たからには何か感じると思った。何か感じたかった。しかし、前とは違うなんらかの気持ちは起こらなかった。少し寂しかった。
 今、私は高校生ではない。今、高校の教師をしている。それはまぎれもない事実であり、そこから出発するしかない。ただ言えるのは、高校生を生きている世代も、教師と生きている自分も、今という時代に、同じ社会に生きているとことは共通していると言うことだ。そして、今という時は、かけがえのない時であり、高校生には大学受験のための時であったり、中学生には高校受験の時であったりしない。命を失えばそこで終わってしまうかもしてない貴重な時なのだ。そのことは教師も生徒も同じなのです。そのことは理解して欲しい。

  • 投稿者 akiyama : 09:57

最近の記事

no image
学級通信を初めて出したのが、赴任して3か月過ぎた1983年7月13日であった。高校1年生を担任し、最初から生徒と私の考え方が正面からぶつかる状況が続いていた。それをなんとか解決したい、自分の思いを理解して欲しいという気持ちから、学級通信「ぼうぼうどり」を発行した。最初は理解されるどころか、ゴミ箱に捨ててある状況だったが、とにかく辛抱強く、自分のメッセージを載せて発行し続けることで、時間はかかったけ…続きを見る
オオイタサンショウウオ幼生飼育を再開
12月1日から宮崎県都城市に異動して、サンショウウオやイモリを高校に置いたままで、課題研究のグループに世話をしてもらっていますが、少し飼育数を減らして欲しいということで、オオイタサンショウウオの幼生を大学の研究室に運んできました。 現在は小さなインキュベーターが一つしかないので飼育数は限られますが、予算をとって設備を充実させていかなければなりません。もうサンショウウオの産卵シーズンになっていますが…続きを見る
生命科学コースの一期生の保護者から花
2006年に文科省SSH事業の指定を受けて生命科学コースを開設し、最初の入学生を受け入れました。11年目になり、生命科学分野の研究者として就職している卒業生もいます。 今日は、僕がノートルダム清心学園から南九州大学に異動したということで、保護者の方が花を贈ってくださいました。これまでは高校で、高校生に課題研究を直接指導してきましたが、これからは教員養成が仕事です。10年以上の歳月が流れても、今でも…続きを見る

研究室を少し整備

2017年1月16日

研究室を少し整備
研究室としていただいたのは演習室で、片面はスチール本棚、片面がホワイトボード、それに古い引き出しのついた机が一つと作業台が2つだけで殺風景な部屋でした。 12月に引っ越してきたばかりの時は閑散としていたが、1月に帰省した時に、書籍、研究機材やパソコンの周辺機器を車に満載して運んできたので、少し研究室らしくなってきました。インターネットも利用できるようになり、HPも更新できます。テレビも受信できるの…続きを見る
英会話のEric C.Han先生の本
エリック・ハン(Eric C.Han)は、清心女子高等学校で英会話の講師をされていた。当時の彼の話では、大学では分子生物学(ショウジョウバエを使った研究)に取り組んでいたけど、大学院では、東洋史を研究したいということだった。 その後、アメリアに帰ってからコロンビア大学で東洋史を専攻し、チャイナタウンをテーマに研究され、その成果をまとめたのが、今回出版された"Rise of a Japanese …続きを見る

瀬戸内記念病院

2016年12月31日

瀬戸内記念病院
2003年10月、母は僕が生徒を引率して、沖縄研修旅行に行っているときにくも膜下出血で倒れた。 3日以内の命と言われ、頭を切開して処置することもしなかったが、奇跡的に助かった。 今、95歳、女性の平均寿命をはるかに超えている。その間に、病院も建て替えられ、名前も「山陽病院」から「瀬戸内記念病院」になった。岡山から遠く離れた宮崎に移動したのでなかなか会えないので大晦日になってしまったが、病室に面会に…続きを見る

このページの先頭へ